2007年10月 1日 (月)

チャンネルが変わる時

長男と次男、私。3人でテレビを見ていました。

タレントたちがいったい何人のお客さんを笑わせることが出来るか、を競っている内容でした。

「どこがおかしいわけ?わからん。」と、肩を揺らして笑っている息子二人にぼやきました。

「これが、わからん?これ・・・。」

息子が私に話しかけたとき・・・・テレビ画面はいきなりビデオ画面へ。と、CM・・・真っ暗な画面に、ビデオの青。そしてテレビになってチャンネルが次々、変わります。

3人とも呆然・・・です。

え?リモコンを誰かが踏んでしまってるんだろう?

誰かこっそりイタズラしているんだろう?

いえ、絶対にありえません。

テレビのリモコン。我が家、節電のため、使わなくなってもう10年近くたつんです。影も形もありませんよ。1分ほど、私たち3人の目の前で、次々画面が変わり、いい加減、イライラしてきました。ここで誰も怖がらないのがすごいんですね、我が家。

「ちょっと・・・わがままなこと、やめてよ。」

と、私が叫ぶと・・・   ガンッ

テレビの画面に思い切り八つ当たりして、足で画面をける気配がありました。

さすがに小学生の次男はビクッとなり、慌てて抱きしめましたが、長男は「やかましいわい。」と、見えない相手にむかって呟きました。

夜・・・。

枕元や布団のまわりを歩く気配があり、タンスをけったり、ふすまをける気配で、眠れませんでした。

朝、目が覚めたら、たたんでいた洗濯物はめちゃくちゃ。着る予定でハンガーにかけていたスーツがハンガーから外され、下に落ちていました。

・・・・やりやがったなああっ!? 一発、今度は往復ビンタしてやるう

ええ、あいかわらず、もう一つの住民たちと戦って暮らしています。

怖い話、再開です。

| | コメント (0)

2007年1月16日 (火)

まじ、やばかったっす

まる3ヶ月更新ができませんでした。マジやばかったっす。

あの子ったら(話が古くて分かりませんか?)すっかりあきらめておとなしくなっててもう、そろそろ話に出してもいいと思っていたのに。。。。甘かったです。

前々回の20年近く前の話にも書きましたよね?のどに手をつっこまれて、息ができずに死にそうになったんですけどね・・・。

ま、本当にネットがどうしようようもなくて半分最後の101話を書ききるのを諦めてはいたんですけどね、もう、本当にやばかったっす。

え?

ネットが全くダメになったくらいでびびるな?

負けずに最後まで書ききるといったじゃないか、行き路?

あい、すみませんね。(←開き直り)

でももうね、

あのあとね、

とうとうイキナリ突然に声帯ポリープ、イキナリ副鼻腔炎による睡眠呼吸障害、無呼吸状態、その影響で耳鳴りがひどく人の声が聞き取れない。。。

とにかく、喋れない。息が出来ない。。。。。

「わかった、もう絶対に続きは書かない」

と文字にして、枕に敷いて寝ました。それが12月始め。

声帯ポリープは1度もきっちりと切除しなかったのに、無くなってしまいました。

おまけに仕事でブログのことを忘れている間は普通に声がでるという異常な声帯ポリープだったので、誰にもポリープで声がでない状態を知られることもなく・・・身内以外は声がでなくて困っている私を見ることもなく・・・。

すみません、治っちゃいました。

もう、ね、さすがに諦めます。

息が出来なくて苦しいのはごめんです。

喋れないので、この機会に手話も覚えましたが、例によって2週間すると半分以上忘れました。はい。

ですので、101話目は脅威の謎を残して、書き残しがあるままで、もう、やめます。

さすがに息ができないのはまずいっす・・。

101話目にこだわって3ヶ月も悪戦苦闘しましたが、再び、怖い話を再開いたします

tetsu様 グイード・ミスタさま、店長さまにしゅんてんさま、加古川ママ、垂水のYさま、Sさま、H高校の皆様、

ああ、数え上げればきりがない!本当に長い間更新できず、ご迷惑をおかけしました。

怖い話、再開です。

| | コメント (0)

2006年10月16日 (月)

お詫びしかないわっ!

深く深くお詫び申し上げます

いっこくもはやく続きを書きたいのをガマンして・・・。

コメントすらできない、自分も返事ができない、ブログも書けない長い長い2週間でした。

コメントは、外国系の英語やら怪しげなトラバの勝手な記載を規制したら、なんとコメントまで規制がかかってしまっていたことが判明しました。

設定段階で、「コメント」受け付ける 「トラバ」受け付けない  という部分があるので、トラバのみ受け付けないようにしていて、何度見直してもコメントは受け付ける状態になっているのですが、現代段階でも。ダメです、たったいまtetsu様に深くお詫びするコメントを入れようとしましたがやはりだめでした。自分のコメントさえ公開してもらえません。そこでの設定しかやり方がわからないし、そこではコメントは受け付けて公開する状態なので、それ以上どうしようもできないままでした。

コメント一覧のそれぞれのコメントに要注意マークがつきはじめていて、いったん非公開欄に保存されてしまうようで、そこから公開するようにしていかなければならないのですが、要注意マークのあやしげなコメントやトラバの数が膨大で、今消去しただけでも250ありました。その中のわずかな有効コメントを見つけ出す作業に追われてしまいました。

ブログもコンパネやコメント一覧にはパスワードなしですんなりいけてしまうくせに、ブログを書く新規作成をしようとすると「パスワード」を求めてくるのです、これがまた、。もう、いきなり「パスワードが間違っています」

・・・・ふう。

申し訳ないおもいでいっぱいの2週間でした、今、やっとブログ作成は受け付けてくれました。一刻も早く続きを書いてしまいたいところですが、今日はあと10分しか時間がありません。とにかくおわびいたしますm(__)m

帰宅してから続きを書きます

| | コメント (0)

2006年10月 4日 (水)

脅威の女の子 2

あのどろどろした手が血液を触ろうとしたら、どうなるのか・・・考えただけでも身震いがとまりませんでした。

恐ろしいのは他の時と違って「あ、くるな」とか「いやな雰囲気」などという身構えがいっさいできないということです。

そこに、いる

体操すわりしている

そこに立っている・・・後ろ向きで

視線を感じたら覗きこんでいる・・・魚のような爬虫類のような感情のない硝子の目で。

どれほど、何度、とびあがりかけたかわかりません。

大声をあげかけたかわかりません。

しかし、高校生の時と違って、私は護らないければならないものが沢山ありました。

今、彼女の興味はあの男の子たち全員に向けられてしまっている。

始めは、悪気無く誰かを頼りたかっただけなのかもしれません。しかし、恐らくは自分が寄り添うことで生きている人間が少なからず影響を受けることに楽しみを感じてしまったのでしょう。

幼いゆえにそれがいかに罪なことかわかっていないまま、この悪意のゲ-ムを続け、自分より幼い人間はあっさりと命を奪いかねないような、運命すら変えられるということに気づき、また、影響を受けやすい波長のあう子どもを見つけるのもかなり慣れていたのだと思います。

加古川のYままの家に着きました。着いてすぐ気になったのがベッドでした。彼女自身は私にベッドを買った話はしたものの、それがあんな大事の原因とは思っていないので、普通にリビングに案内してくれたのですが、私は吸い寄せられるようにベッドに触っていました。

いいなぁ・・・

ぼくはベッドで叩かれたり、殴られたりしてたのに・・・

いいなぁ・・・

瞬間、そんな悲しい声が私の耳に入ってきたのです。

「このベッド、中古じゃないよね・・・?」失礼ながら思わずそう言ってしまいました。

「違います。家具屋で買ってきたんですけど・・・え?お姉さん、まさかそのベッド、やっぱりイワクありなんですか?それを買ってから体調悪くて。」

ベッドの柱を触った途端、小学生の男の子・・・外人の男の子の悲しい顔と、羨ましい気持ちと、殴られたりけられたりする場面が、勝手に頭に浮かんでくるのです。私はしばし、どう説明しようかと困りました。しかし、その家で子どもたちが遊ぶ様子を見ていると・・・確実に感じるのです。その周囲をうろつく「うらやましい」とか「にくい」とかいう感情をもって一緒にあるく悪意を・・・。

(実は、このベッドの話と次男の男の子が入院する話は少し時期がずれていて、実際にベッドを観に行った時期は違うのですが、皆さんにわかりやすく理解をしていただくにはここでベッドの話を出すのがいちばん話が短くなりますので、ちょっと順番をかえています。結局この時のベッドの謎とこの話は関係あるので)

この時は中古でもなく、ましてその男の子が例えば職人みたいに怨念をこめてベッドを作ったわけでもないのに、どうしてこんなに強い念が残っているのか、不思議でしようがなかったのです。

ただ、わかることはその念のせいでYままの育児が正常に出来なくなっていた、ということでした。このベッドから発せられる気も相当なものだったので、育児ではりつめて疲れたYままはまともに影響を受け、頭痛や吐き気、育児の自信喪失といったことにつながっていたのでした。

「なんだかね・・・男の子が、ずっとそばにいるような気がするんです。こんなこと言うと、育児の出来ない言い訳に聞こえてしまうかもしれないんですけど、すごくイライラして小さなことでも腹が立ってしようがなくなってくるんです。頭痛がしはじめると・・・。」Yままはそんなふうにつらそうに自分の悩みをうちあけてくれました。

本来、前向きで陽気で明るいはずのYままが、ささいなことにも目を吊り上げて怒るので長男のK君は、幼いながらも気持ちをはりつめていたのでしょう。叱られないように、と、緊張してこちらも少し疲れているようでした。

とりあえず、ベッドに念がこもらないように、見張っていてください、とご先祖さまにお願いしてみることにして、お経をよみ、またロウソクをともし、線香をあげてその場は退散です。

次男のKちゃんの病気。

結局、血液検査で白血球の異常が見つかり、血液の流れも鈍くなり、体全体の免疫も低下してきているため、即、入院ということになりました。「こんな症状はめったに起きないし、万一起きたとしてもお年よりがかかる病気なのに」というお医者さんの言葉を聞いたとき、間違いなく、これは頑張れば助けられる、と確信したのです。

入院で困ったことがおきました。

Yままが一緒に入院するとなると、Yぱぱが仕事に行っている間、あとの2人の子どもをどうするか・・。タイミングの悪いことにYままのご実家はインフルエンザで全滅(?)・・・。Yぱぱのご実家も一度に2人、ましてまだ生後10ヶ月にも満たない赤ちゃんはとても無理、ということで、義理の姉であるくるみんが、なんとか手伝おうとしたものの、当時まだ育児経験がないくるみん1人の手にはあまりにも負担が大きいということで、10日間、私も一緒に預かることになり、長男のK君も休みの間はこちらに来てもらうことになったのです。

これは私にとっては好都合でした。(インフルエンザに苦しみながら恐縮していたご実家には申し訳ないですが)

自分の手元で直接子どもたちを護ってやることが出来るからです。何かおこってから急いで駆けつけたところでYままの家まではどうしても30分かかってしまいます。それより手元に預かったほうがいい、そう思いました。

しかし、毎日護ってあげられるのは三男のTちゃんだけ。K君は休みを利用してせいぜい1泊2日預かるのが限度です。それに、肝心の病院にいるKちゃんをどうするか・・・。

私は大至急2人にサイズ違いのお揃いのパジャマを買いました。そこにありったけの守りの念をこめて陀羅尼経を読み、護っていただけるようご先祖様にお願いしました。パジャマを抱きしめた瞬間、間違いなく暖かさを感じたので、ほっとしました。

それを急いで届けるため、入院先の病院へ向かいました。真っ白な顔をしたKちゃんはそれでも大喜びでぱじゃまを着て「お姉さん、ありがとう」と言ってくれます。その愛らしさに、何がなんでも護ってあげなければ、という気持ちが湧いてきました。

帰り、病室から出て、ドアを閉める、ほんの一瞬・・・手を振るKちゃんの横でにったりと笑うあの女の子が、一緒に手を振っているのが視界にはいったような気がしました。思わずもう一度扉を開けましたが、「居ない?」と思った瞬間に、もう、私の横に立って、私を覗き込んで怒った顔をしていました。「お前の好きにはさせない。」私は思い切り睨み返しました。掌が汗でびっしょりで、持っていたカバンを落としてしまったことにも気付きませんでした。この子、やっぱり気配がない!知らないうちに近づくし知らないうちに離れてしまう・・・。でも、やっぱりパジャマに強い念をいれたから、あれ以上Kちゃんには近づけなかったんだ・・・。

家に着くとすぐ、Yままから電話です。「お姉さん・・この病室凄く怖いんです・・・。」受話器を受け取った瞬間、ロッカーが頭に浮かびました。「なんだか・・・ロッカーがガタガタいって・・・今にも何かが出てきそうなんです。」・・・・やっぱり。・・・・心の中で誰か彼女を助けてくれる人は居ないか、と呼びかけてみました。私は、すぐそばで体操すわりをしている少女と対峙しつづけて預かっている子どもたちを護らなければならなかったので、そんな余裕はありません。

「大丈夫、いきます。」と、誰かがにっこり笑った気がしました。「大丈夫、今、護ってくれる人がそちらに向かうから。心の中でご先祖さんを呼び続けて。」と私は答えました。

ロッカーが丁度鬼門に当たる場所だったので、いやだな、丁度そんなところに扉があるなんて、とは思ったのですが。

今、すぐそばに女の子がいるのだから、又、別のものがYままの傍にいることになります。

ここでイヤになったら負けだ、ここで自分の力じゃ間に合わないと、さじを投げてしまったら終わりだ、と自分に言い聞かせ続けました。

Tちゃんにミルクをあげ、離乳食を与えている間も、ぎょっとさせられました。気が付けば歩行器の下から、振り返ればおしりふきのティッシュから。顔がのぞく、白い手が伸びる。

それでも私は怖くないそぶりを崩しませんでした。やけにもならず、長期戦になっても持ちこたえると硬く決心していました。「大人をなめるなよ。」とひくくののしったり、陀羅尼経をかなり大きな声で、唱え続けたり、と、強気の姿勢を崩しませんでした。

Kちゃんのおおよその退院のめどがつき、白血球の数も安定してきて、TちゃんがYままの実家へ戻った頃、あの女の子は私の家の玄関までしか入れなくなっていました。(続)

| | コメント (4)

2006年10月 2日 (月)

脅威の女の子 101夜

ことの始めはベッドでした。加古川のYままは3人の男の子の母。どの子も素直でかわいい子たちです。(当の母親からすれば色々問題はありましょうが)決して何かにつけこまれるようなタチの子供たちではありません。

5人家族が問題なく部屋を使うには当然、色々工夫が必要です。彼女は子供たちに2段ベッドを用意したのです。まだ生まれて10ヶ月にもならない赤ちゃんはベビーベッドで済ませられるし、まだまだこの先添い寝が必要なのでとりあえず上のお兄ちゃん二人にベッドを用意したのです。実家の母親と一緒にわざわざ家具屋に出向いて購入したものでした。つまり、中古というわけではありません。

しかし、このベッドを買ってまもなく、彼女は夕方になると吐き気や頭痛がするようになり、またしても誰かに見られているような感覚に襲われるようになったのです。

特に彼女が自己嫌悪に陥ったのは子供たちへの自分の態度でした。いつもならなんでもない子供たちのわがままやすねた態度や、行儀の悪いところがどうしようもなく嫌いで嫌いで抑えられなくなっていました。長男に対する気持ちは特につらく、どうしてこんなに急速に長男の何気ない態度がかんにさわるのか、自分はいったいどうしてしまったのか、と悩み続けていました。

一方私は、日ごろはそんなにひんぱんに会うようなこともないYまま一家の夢を見るようになり、気になっていました。それも、いつもYままが泣いていたり、ふさぎこんでいたりするので、気になって仕様がありません。しかしYままも、「いつも困ったときばかり」連絡することを気にしていて、なかなか私に相談する気になれなかったのです。しかし男の子ばかり3人抱えていては、よほどの用事でない限り、そんなに近くに住んでいるわけでもない私と、そんなに頻繁に会えるわけもないのですから、そんな気遣いは無用、と、普段から気にしないように言っていたのですが、今思えば、相手の術中にすでにはまっていたのでしょう。彼女が受話器をとるまでに実に1ヶ月も、頭痛と吐き気と母親としての自信喪失に襲われ続けていたのです。夫であるYパパがたまりかねて電話しろ、と勧めて、連絡をする気になったのでした。

Yままはその時、何度か気持ちの悪い夢を見ていました。その夢もどんな意味があるか知りたかったのでしょう。やっと相談をする気になれたころ、次男の身に異変がおこっていました。

唇は真っ白。食欲がなく、わけもなく出る微熱。ぐったりと元気がなくて病院に連れて行くことになったのです。

気持ちの悪い夢・度重なる頭痛・次男の原因不明の病気・・Yままは一生懸命その説明を電話で訴えてきました。

彼女から電話をもらった時、受話器を持つ私の耳をふさごうとする手がありました。べったりと私に覆いかぶさってくる子どもの感触・・・。

彼女の夢はこんな感じでした。

「学校の壁が崩れていて・・・隙間から体育館が見えて・・・。その壁の割れ目から中へ入ったら、小学2年生くらいの女の子が体育館の入り口に立っていて・・・。体育館の中に入ったらその子がべったりくっついてきたんです・・・。ものすごく気持ち悪くて・・・。」

そんな説明を聞いている間中、私のそばで女の子が「ふふふ」と低く笑いながら、背中を押してくるのです。私の体に鳥肌がたち、ものすごい悪臭が鼻をついて吐き気がこみ上げてきました。

「ちょっとまって・・その子、ここにきているから。」と私が言うと、Yままは驚きながらも「やっぱりですか・・・・さっきから電話が雑音だらけで・・・すごく寒いし・・・。」と言います。「そっちで神経を張り詰めたらだめよ。そっちにとんでしまうから。」私は、耳をふさいてきたその幼い手の感触に覚えがありました。

体中から汗が噴き出します。心臓が動悸でどうにかなりそうです。扉一枚はさんですぐそばに家族が晩御飯を食べているというのに、はてしなく孤独でした。

このぬめぬめ、どろどろした肌触り・・・。はりつく感じ・・・覚えがある。

思い出した途端、「恐怖」という言葉を頭に入れないようにする闘いが始まりました。怖いと思ってしまったら負ける、また、あの20年前のように・・・。遊び感覚で命をコマのようにゲームのように左右されてしまう・・・。

お経を読ませまいと、私ののどに張り付いた、あの手が、もっといやな湿り気をもって、20年後にまた帰ってきた・・・。

「もしもし・・・おねえさん?大丈夫ですか?」というYままの声に私は極力平常な声を出そうと必死でした。

「・・・その女の子、夢の中で触った?」

「触りました・・・。気持ち悪かったです。」

「スライムみたいにどろどろしてなかった?」

「そうそう!そんな感じでした!」

「・・・血液検査をうけたさせたほうがいいよ。明日にでも病院を変えてもっと詳しく検査を受けたほうがいい。」

「え・・・?どうしてそんなことまでわかるんですか?ちょうど今日、大きな病気かもしれないって言われたところなんです。血液検査しっかりうけたほうがいいって・・・これってやっぱり夢と関係あるんですか?」そんな震えるような彼女の声を聞く私のそばで、私を覗き込んでくる、おかっぱの少女・・・。

いままで・・・この20年の間にいったい何人の人間の命を脅かす「遊び」をしていたのか。どす黒い顔、虫か爬虫類のようなガラスのように感情のない黒い瞳。体操すわりをして笑う唇だけが赤い。

普通、憑依する霊というものには、そこまでの力はありません。足が痛いとか腰痛がひどいとか、頭が痛いとかいうことはあっても、どちらかというと精神状態のほうに大きく影響があるものが多かったのです。少なくとも私の体験では。命にまで影響を及ぼすものはよほど古いか、憑依した人間やご先祖たちに恨みをもっていたりするはずなのです。そうでない限り、生きている人間、とくにエネルギーにあふれている健全な人間に影響をもたらす、というのはそうそうできないはずなのです。

あの強烈な力をもった、あの20年前の少女が、まださまよっていたなんて・・・

あの子たちに目をつけるなんて・・。

「・・・なんで?何がきっかけであの子達に目をつけたの?」私は彼女をにらみつけて陀羅尼経を唱えました。

あっという間に女の子は消えてしまいました。

私はとりあえず、Yままの家に行くことにしました。

急がなければ!すでにあのどろどろの手は、わずか3つにもならない幼いKちゃんの血を触っていることは間違いない、そう思ったのでした。(続く)

| | コメント (1)

101夜 20年後の対決について

このお話は4年ほど前の話です。この話にはたびたびでてくる「加古川のYまま」の家族がおおいに関係しています。

①体育館で見た、顔の下半分がブラックホールの、中学生くらいの女の子

②声がテープの早回しのようになって、第3者にも聞こえていた女。体中に憑り殺した人間たちをくっつけてはいずっていた女・・口が真っ黒だった女

③ベッドに浮かび、おいかけてきて私の首を絞めてきた女

④気がついたら体育館のすぐそばに移動させられていた話

⑤カーテンを譲り受けた友人を殺そうとしていた女性が、友人の背中からニュッと出てきた話

「怖い話ベスト5」はほぼ書き終えてしまいました。

しかし、ここにひとつ、強烈なお話を温存しています。

これは、ほんとうに3人の男の子たちの命がかかったお話です。

そして2週間にもわたる「長い夢」でどんどん増えていく髪の長いきれいな女たちの時のように、神経も体力も精神力も疲弊して最後は気力と体力勝負になった、とても手ごわい女の子の話です。

この話は完全に過去物語として完結でき、かつ、二度と現れないと確信できるまで、全ての起承転結を加古川のYままにすら、はっきり説明しないままでした。3年たつまで、こういった公式な場所にも公開すまい、と思っていた話です。

あの「鬼」すら私は「なんで死なないとあかんの?」という気持ちで向き合いました。いかなるばあいも怖いのは怖いのだけれど、それ以上に「怒り」の気持ちが強くなってなんとか克服してきたのです。

しかし、この「怖い話ベスト5」はいずれも、「死にたくない」あるいは「死なせたくない」という生存本能ギリギリのところでとった行動です。あの「ハンカチ」の話の時のように。

そこには美しい正義感も、根性などというものも存在しません。あるのは「生」への執着のみ、です。ですから決して私を格好いい霊能力者みたいな肖像でイメージづけないでください。怖いものは怖い・・・のです。

ただ、この話が特別なのは、私が充分な大人になっていたのにもかかわらず、てこずった話だからです。それまでの話は、まだ自分の力のありようも、使い方も生かし方もしらなかったころの話なのでハラハラしても仕様がないのですが、このお話はたった3、4年前のことなのです。

20代後半までさかのぼって一挙に30代へと話がとびますが、101話目にふさわしいとびきりのものを、と思っていたのです。

先日このYままからメールを頂きました。「ひょっとして・・・あのときの話なのでは?」と。私からの返事が怖くてドキドキしてすぐには読めなかったそうです。自分の家族の話もいつかでてくるのでは?と思っていたでしょうが、よもや101話めに温存されていたとは思っていなかったでしょう。

では、すごくがんばったYままにも、起承転結、全てをきちんと説明することにしましょう。 長いのでいちから仕切りなおします!

| | コメント (0)

2006年9月28日 (木)

出張してます

101話目、悪戦苦闘中 今日は30分ほどしか時間がありません。なぜなら仕事の出かけ先でネットカフェに入って打っているからです。

我が家、もうすごいことになっていまして。ついに私のパソコンから「ネット環境」そのものが消え去ってしまいました。「インターネットの接続」からやり直しです。OUTLOOKすらもうホストもサーバーも存在しないそうです。

へーうちってネットつないでなかったんだぁ、知らなかった・・・ってか?

じゃあ、どうして楽天の買い物するときだけ、ネットがつながるんですかぁ?と、小学生みたいに手をあげてパソコンに聞いてみましたが返事してくれません。

ああ、じかんがない!

でもきっと何度もアクセスしてくださっているお客様がいるに違いない

101話目は恐ろしく長いので、短いのいきますね。

最近の我が家

ネットがつながらないまま4日が経過した日のある朝。

・・・お?やっとつながったぞ?

前にヤフーのホームページ見たのっていつだっけ?

何日ぶりの開通?

そうだ・・・履歴をみればわかるじゃん

・・・・・・・・。

「今日」・・・・・おい、なんだその「今日」って?????

4日ぶりくらいにやっとヤフーのホームペーじまでたどり着けたのに、「今日」??

何みたっていうんだ?

朝から食器洗って洗濯物ほして掃除機かけて、書類打って、今、やっと一息ついたのに。

今日

今日のフォルダを開いて目が点・・・

どんなに超スピードでクリックしても朝からこんなにページへとべるものなのか?という膨大な量の「出会いサイト」、お金を貸すという金融サイト、アダルトサイト・・・かなり深くまで入っていかないと不可能そうな見てる女の私が赤くなってしまうような写真が・・・ズラリとならび、クリックするとお金とられそうなアブナイサイトが膨大な量で並んでいるではないか。

履歴欄の「今日」

の、一番終わりがどこかを確認するためにスクロールするだけで15分・・・・

ありえない

パソコンで印刷しなければならない書類を急に思い出したのでいったん切断。

ワードを呼び出して印刷しようとして「??????」

「印刷ドキュメント」の枚数が半端じゃない

たった一枚の書類なのに、印刷用のウインドウにあるページ数のカウントがみるみる跳ね上がっていく・・・。

121ページという量の印刷が待ち構えていたので慌てて「印刷中止」をクリック。

私しかパソコンはさわっていない

第一この4日間、絶対にパソコンはサイトにつながっていない

娘は塾・息子はバイトで二人とも帰宅後は宿題してご飯食べてお風呂に入ったら布団へまっしぐら。息子の名誉のために一筆書くが、息子は私が洗濯物をほしながら声をかけるまで熟睡している。むっくりおきてやっとの思いで朝食をとり終えるころ、友達が迎えにきてしまうのだ。

今朝、私の目を盗んでアダルトサイトを見ている暇なんてない。

それに息子はそのサイトの写真をWEBフォルダに保存してワードのテキスト文書として保存しなおす方法もしらなければ、まして著作権の厳しいアイドルのグラビアや歌詞カードつきのジャケットなどを印刷までこぎつける技量などもちあわせてもいないだろう。

時間的にもありえない

こどもたちがおきてから私が朝の9時半にサイトに無事つなげるまでに、これだけの作業をどうやったらできるだろう。

万一にも誰かがうまくやったとして、ここまで私にあっさりと痕跡をみせるものだろうか?

私は呆然としながら、子供たちがうっかりみてしまわないよう、履歴を抹消した

印刷ドキュメントも文書をすべて消そうとしたがそもそもいったいどこに保存してあったものなのか・・・。121ページにも及ぶ文書など、検索にもひっかからない。

ブログをとりあえず打とうとしてもう一度つなげようとしたが、二度とつながらないまま、また3日が過ぎてしまった。

3日後再チャレンジして一度、自分のブログまでいきかけたが、「ただいま」という声とともにぷっつりと消えてしまった。いやな予感がして玄関まで下りてみたら鍵は閉まったままだった。本物の私の家族は帰ってきていない。

確認している私の背中で、階段を上る音だけがした。

「ちょっと、変なサイト開かないでよ!お金請求されたらアンタが払ってよね?」思わず叫んだ。誰もいない階段に・・・。

まちがいなく行き路はこの家にもう一人いる。

だが、どうやらもう一人の行き路は「男」らしい。

すまなさそうにニヤッと笑って頭をさげた気配がした。

おかげで「つきあってください」とか「女の子紹介します」というメールやトラバが圧倒的に増えてしまったじゃないか!!どうしてくれるんだ!!

というわけでこのブログに寄せてくるさまざまなコメントやトラバもあんまりひどいのは公開しないようにしてきましたが、もう、どうしても「行き路」が男だと信じて疑わず「会う」つもりでいる人は、当方責任持ちません。お断りしておきます。そのかわり万一うまいぐあいに行き路にあえた場合、そこはすでにこの世界ではありませんのであしからず。

いいですか、よく聞いてください

「行き路」は女だーーーーっ!!!!

ええっと、とりあえず来週の3日に1日ネットカフェに入り浸る予定です。何度も見に来て下さった皆様、本当に申し訳ありません、絶対続けてみせます。どうぞよろしくお願いします。

| | コメント (9)

2006年9月17日 (日)

笑う声・20年の歳月 後編

今度はひどい肉離れをおこしているため、片腕をつるした状態になったわたしは、整形外科から帰ってきてもうため息しかでませんでした。友人が比較的軽症で済んだことに心から感謝はしたのですが、それでもあの器械体操での怪我がやっと治った矢先でしたので、気持ちはかなり滅入っていました。

ふと、どうせクラブが出来ないなら、久しぶりに陸上部をのぞこう、と思いつきました。1年生まで陸上部に入るか否か真剣に悩んでいた人間です。小学生時代からの友人もいたし、居心地もよかったのです。私が不可解な自転車事故をおこしたことはその友人にも話していたのですが、友人は「気にするな」と笑い飛ばしてくれるので気が楽になるのです。

「ま、陸上部にはいれ、っつうことや。入らなかったバツやな。ま、そこで見学しておき。」友人はそういい残すとベンチから離れ、黙々とグランドを走り始めました。

その友人をみるうち、私は、頭のなかに勝手にある光景を浮かべていました。

古い校舎・・・壁・・・・一箇所壊れている・・・そこから体育館へ行ける。体育館を覗く・・・そこに小学2年生ぐらいの女の子らしい後ろ姿・・・

え?

なんでそんな光景を思い浮かべてるの?

と、ぞっとした瞬間

耳元で・・・「クスクスクス。」と幼い可愛い笑い声。

私の全身に汗が流れた感じがしました。体温が一気に3度ほど下がったきがして、頭がぼうっとなりました。

いる・・・

絶対

私のすぐそばに・・・

どこに・・・?

友人が置いていった手鏡が目に入りました。

視線はそこから・・・。

いや、

視線のはずはない

そこには、女の子の後姿が映っているから・・・・・。

こいつか・・・?

こいつが私をずっと苦しめているのか・・・?

斜め前にぽんと置かれた手鏡の中の少女・・・。

後ろ姿のまま、威圧感さえ漂わせて立っているのです。

なんとかお経を思い出そうとするのに・・・思い浮かびません。

と、次の瞬間・・・

そんな怖いの、読んじゃダメ!お姉ちゃんと遊べなくなるから・・・・。

という声がしたかと思うと。

ゲエエッ!ウエェ!!

喉の奥に何かが貼り付いてたちまち息が出来なくなり、そのくせ猛烈な吐き気が襲いました。まるでコンニャクゼリーのようなものを喉にはりつかせたかのようです。

そして・・・

白い幼い手が・・・・シュルシュルと鏡の中に入っていって・・・鏡の中は、また、普通に空を映して元通りになっていました。

わずか10秒ほど息が出来なかっただけですが、私はベンチから転げ落ちて喉をかきむしっていました。

くそ!なんて子なんやっ!!

カバンからあっという間にお経の本と数珠を取り出し、持ち歩いている粗塩を自分と周囲にまきました。奥歯にも塩を一つまみ噛ませて、きっと歯を食いしばりました。

冬だというのに額から汗が滲むほどの勢いで全身に力をこめながら、友人が5キロ走り終えるまで淡々とお経を読み上げました。

あの子、またなんかやってる・・・

あの子、数珠っ子て言われてるねん、変な宗教に入らされたら困るから、近寄らんとき・・・

そんな遠巻きの囁きも、無視です。片手は不自由だったので、数珠だけ握らせて、もう片方で教本を押さえながら、私は淡々と南無妙法蓮華経を読み続けて、ご先祖さまに助けを乞い続けました。

やめてぇ。おねえちゃんとあそべなくなるやん・・・・。

か細い声が聞こえて、気配がふっと遠ざかったとき、走りこんでいた友人がベンチに戻ってきました。

小学校からの親友は私の顔色をみて一言

「お?すみましたね?お姉さん。」と、にっこり。

私は首を横に振りました。

「とりあえず、私をあきらめてもらっただけ。やっつけられたワケじゃないよ。」

・・・そう、やっつけてしまえなかったのが大誤算でした

まさか、20年もあとにまた再び出会う機会があろうとは・・・・。

この続きは101話目に。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

100話目 笑う声・20年の歳月前編

とうとう100話目です。

(途中からお客様になってくださった方へ・・・記事は104話目なのに、なぜ100話目?と思われるかもしれませんが、6話、怖い話には直接関係ないボヤキ記事を書いています。そして1つの記事に2つとか3つとか怖い話を載せたときがあるので、正確に数えると、そう、この記事が100話目なのです。)

13度目のチャレンジです。今日はなんだか消える気がしません。今日はどういう日かと言うと、珍しく娘も息子も最初からそろっています。唯一いない長男は、今朝から一日中バイトなので「似た歌声とギター」にだまされることもなく、従って帰ってきてもいない子どもたちを帰ってきたと思う要因もありません。よおおしっ!最後まで書こうではありませんか!

スペシャルに長い、怖いお話です。

今日中に100話よんでみようとか思う初めてのお客様がいると困るので、100話目は夕方か晩あたりに載せるべきだと思っていました。朝のうちなら100話よめても、遅くからでは100話読むの、しんどいですからね。絶対に1夜のうちに100話読まないほうがいいんです。これはわざわざ鎮まっている霊を騒がしげにおこしてしまう心霊スポットでの肝試しを敢行する行いとほぼ同等なので、わざわざ怪奇を呼び寄せる行為はさけていただきたいし、くれぐれも当方は責任を負いません。

え?100物語なんて嘘? 確かに絶対的に怪異が起こるとは申しません。しかし可能性はゼロではありません。何名かは恐ろしい思いをするはずです。

怖い話はすきですか?

好きなんですよね?100話までおつきあい頂いたんですから・・・。

でも、ね、私「怖い経験はすきですか?」とはお尋ねしておりませんよ・・・?

怖い「話」は好きですか?とお聞きしております。

皆さん、私が今まで載せた記事の数々を、もしもご自分が体験したとして・・・ゾッともなんともならないですか? 怖くはありませんか? 私のように毎日3食かっちり食べて家事に炊事に育児に仕事に地域行事、PTA役員、ボランティア・・・と毎日必死に消化して、怖い思いを過去へと無理やり流し込む生活が送れますか・・・?

私、この上、さらに40歳からは自分のしてみたいことをドンドンチャレンジしていく計画立てています・・・。

そう、一度「怖いんですってば」という記事に載せましたよね・・・・。私のこのエネルギーは怖い思いを深く考え込まないようにするために、いつしか身についたエネルギーなのでございますよ・・・・。

怖い話がすきな方は、どうぞ99話でお話を中断し、明日のうちにラスト一話をお楽しみ下さい。

怖い話が好きですか?

それとも100話貫徹して、こわい思いをされるのがお好きですか?

どうぞ、ご自由に。

私は一応、およしなさい、と言っておきましょう。責任はとりません。あしからず。

あれは私が16歳 高校2年の1月。寒いときのお話です。

器械体操で段違い平行棒を練習していました。骨盤やお腹は硬いバーがバンバン当たるためあざだらけです。体のバネとバーのしなりをうまく使い、弾力のある場所にのみ上手にバーを当てることが出来るようになるとさほどの苦痛ではないのですが、なにぶん、当初は器械体操部なのに器械がない、という環境で時々他校へ出向いて器械を貸してもらう以外には触れる機会もなかったため、私の一番苦手な種目はこの段違い平行棒と平均台でした。

で、勢いよく下段のバーが骨盤に当たるとき、どうしても最後まで上段のバーを握ってしまい、ぱっと上手にタイミングよく手が離せないワザがありました。それは、下段にお腹が当たった瞬間に、「くの字」に体をバーに巻きつけ、遠心力と惰力で身体を後ろへ2回転させるため、いつまでも上段のバーを握っていてはワザにならないのです。瞬時に手を離して下段にもちなおして回転し、2回転目に後ろにある上段のバーをつかむというワザで、なれるとなんとか出来るようになる比較的何度の低い技なのですが、私はそこでのタイミングがつかめず勢いよくバーに身体をあてすぎて、あざだらけになっていました。段違い平行棒で県の新人戦の結果はボロボロという屈辱を味わいました。ワザができればよいというものではなく、いかにスムーズに流れるか、が段違いには重要なポイントなのです。床も跳馬も8点台が出て、とても無名の高校の選手の初出場とは思えない出来、と絶賛されたのに、段違い平行棒は4点台・・・。無残な新人戦でした。

その冬の日、鬼のように特訓をうけ、春の大会で絶対もう一度団体3位以内か個人7位以内に入って最後の県大会出場が果たせるよう、全てをかけていました。

しかし・・信じられない出来事が起こりました。

例の飛び移るワザの時に・・・。下段にお腹をぶつけて上段から手を離そうとしたその瞬間・・・。なんとバーがガタンと大きな音をたてて外れてしまったのです。かなりの勢いで遠心力が働いていたわたしは凄い勢いで地面に叩きつけられてしまい、ちょうど、万歳をしたような状態で肩から落下して、肩の骨をはずしてしまう大怪我をしてしまったのです。

そこの高校はその地元では器械体操で有名な学校で、施設や環境にはお金をかけていました。整備も万端だったからこそ、顧問の先生はそこに頼み込んで器械を貸してもらったのでした。

保険は使えるか、とか、他校の生徒が使っていた場合は高校全体が加入している共済保険はどうか、など、先生たちどうしの話し合いは1ヶ月に及びましたが、私の方はそんなことはぶっとんでしまいました。

落ちた後、肩に激痛が走り、吐き気をもよおしました、わずか5分後には発熱し、鎖骨がさすらずにはいられないほど痛くなってきたので、これは間違いなく骨折したか脱臼したかどちらかだ・・・・と、唸りながら、顧問が車を用意して迎えにくるのを、体育館の隅で転がって待っていたのですが・・・・。心配そうに輪になって私を取り囲む同輩やすっかり仲良しになった他校の友人たちを、あぶらあせをかきながら見回していたのですが・・・・。

あれ?・・・いち、に、さん、し、ご・・・覗き込んでくる顔は知った顔ばかり8人分なのに・・・足元に視線をうつすと・・・

足は1人分多いぞっ!?

この子の足は・・・これで・・・この子の足はこれで・・・。

なにせ、みな、足は素足に床運動用のシューズ。レオタードの柄は学年と高校の違いでばらばら・・・ひしめきあうように、押し合いへしあいして前後しながら円陣を組んで覗き込んでくるため、青息吐息状態の私には8人の顔と足をパズルのように組み合わるのは至難の業でした。後ろからおぶさるようにしてぴょんぴょんはねて顔をだしてくる子もいます。

クスクスクス・・・・。

私の耳元。本当に耳のそばで笑い声がしました。

それは小学2年生くらいの女の子の声・・・。

痛い?・・・ごめんねぇ・・・クスクス・・・・。

私は、一挙にはきそうになり、こらえようとして苦しみ、「お前ら、かえって余計につらくなるから傍で騒ぐな!」と、その円陣をあっというまに離散させた先生に抱きかかえられるようにして体育館をあとにしました。

ごめんねぇ・・・・だとっ? どういう意味だ?

額からまた別の意味での冷や汗がたらたらと流れました。友人に頼んで自分の荷物を車まで運んでもらい、私はカバンから数珠をとりだして、病院につくまで、一言もしゃべりませんでした。

全治6週間という診断をよそに、私は脱臼して3週間後にもう器械体操に復帰していました。どんなに先生がとめても、友人がいぶかしげな顔をしても、治ってしまったものは治ってしまったのです。傷みもすっかりとれて、肩の柔らかさもすっかり元通りでした。

その3週間後・・・。クラブの同輩との帰り道・・・私が先に自転車を走らせ、その1mほど後ろを友人がついてきていました。

自転車を点灯しなければ、と思ったのは確かです。走らせながら足でスイッチをけろうとしたのも確かです。

しかし、足をだしてランプの先にあるスイッチに目を走らせた時・・・・・。自転車の前輪は、まるで私が足を無理やり前輪へ突っ込んだかのように、ガターンと、ブレーキがかかってとまってしまい、勢いあまって後輪は跳ね上がり、私は前方へ身体を投げ出されました。

ブーッ!!

直後物凄いクラクションがなって、私のわずか50cmほど横をトラックの大きなタイヤが行過ぎました。痛みに耐えながら、私が起き上がったとき、気の毒なことに、後ろにいた友人の上に自転車が降ってきた形になり、友人は私の自転車と自分の自転車に挟まれた形で倒れていました。

さいわい、友人は唇をきって、歯も少しおれてしまったのですが、それ以上の怪我はしないですみました。ギリギリのところをかすめて過ぎていったトラックを思うと本当にこの程度でよくすんだ、という状態でした。家からとびだしてきたおばさんが、「あんた、いったい、どうなったの?洗濯物おろそうとして、たまたまあんたたちが目についたんだけど。あの子、いったい何やったの?あの子はどこ?お母さんに言いつけて叱ってもらわなきゃダメよ」と言います。・・・・あの子? 私の前には誰もいなかった。

その直後・・・・

クスクスクス・・・・ごめんねぇ。痛かった?

私のすぐ後ろで子どもの笑い声。

全身に冷や汗をかきながら周囲を見回しましたが、誰もいません、

友人はおばさんにタオルを借りて、口から出る血をぬぐいながら「何が難やらさっぱり。いきなり貴方が前のめりになったかとおもったら、信じられないほど高く後輪が跳ね上がるんだもん。でも周りに誰もいなかったよね?」と、それだけ言うのがやっとで、あとは止血できないために、ひたすらタオルで口を押さえながら帰路へついたのです。私自身もかなりあちこち打撲して、やっと治っていた脱臼の肩が、ズキズキするのを認めるのが悔しくてそして友人に申し訳ない思いでいっぱいになって・・・自分が横着して自転車を走らせたままで電気をつけようとしたことを激しく後悔していました。

でも。おかしい。あれだけの勢いでもし、本当にうっかり足の一部が自転車前輪に巻き込まれてしまったのだとしたら、私の足はなぜ無傷? 確かにスイッチをけろうとしかけたけれど・・・そのスイッチを目で確認しようとしたとたん、身体を投げ出されてしまったのです。不可解だけれど、でも、やはり友人には謝罪の言葉しかありません。友人は翌日普通に学校へ登校して私を安心させてくれました。歯のほうも綺麗にできるということで、ほっとしました。唇もぬわなくて済みました。

ほっとして、すっかり不可解な前輪のことも、見知らぬおばさんが目撃した女の子のこともすっかりわすれていました。

あんなにおそろしいことになるとは思わず・・・。(続く)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年9月14日 (木)

ちょっとまて、マジやばい!

あのですね、ちょっと聞いてくださいな。

今日はいよいよ100話目!というのは重々承知していますが、例によってなかなか書けないんですけどね、マジやばいんです。

昨日のことです。

皆様からの新しいコメントが入っていないかチェックしたあと、私、記事に取り掛かろうとしたんですね。

でも、ですね。

ネットがはなっからつかないんです。つながらないんです。ちなみに私、歌にはちとばかしうるさいので(いや、自分の歌にだけですよ、人様のはどうでもいい)自宅でカラオケできるようにネットひいているんで、そっちも試しにつけてみたんですが、つかないんですね。

電話器からADSLにつないでるところから、分岐してつけたジャックからモデムそのものの電源(コンセントが接触悪いとか)思いつく限りの原因をさぐってみたんですが、もう、どうにもこうにもならないんです。

ADSLは普通のランプがつくのに、点滅しっぱなし・・・ピコピコ・・・・????なんで急にこうなるかなあ・・・電話は?なんともない。普通に天気予報がきけました。一瞬ネット料金を滞納してるのか?とめられちゃったか?と自分を疑って家計簿をひらくもきっちり支払えています。領収書もある。

そのうち高校生の息子が帰ってきたのが、壁伝いにわかりました。階段をあがってきてガラス戸をあけ、ドンとすわるといきなりギターを弾きながら歌いだしたのが聞こえてきたからです。前にも一度どうしてもつながらなかったときに、どこだったか接触が悪いところをみつけてくれたことを思い出して「ねええ!ちょいとお兄さん、またネットつながらないんだけど見てよ!」と壁越しに大声を出したんですが、フル無視でギターを弾いています。どうやら聞こえないらしい。ギターの音で気付かないのか、歌い続けています。自分もネットは専門外ながらパソコンを教えているという自負もあって見栄もあったので「まあいいやもう一度自分でなんとかしよう」と、もう一度廊下にでて階段近くにある電話器を触っていると・・・・「おかん、ただいま。何してるん?」と、息子が階段をあがってくるではありませんか!?「ネットがつながらないんだけど・・・もういっかいやってみるわ。」と応えるのが精一杯でした。

恐る恐るヤフーのHPを見ようとすると難なくページが開けます。

????

もう一度コメントの更新を確認し、ブログの記事にいき、今度はすんなり100話目をうつ状態まで進みました。

しかし、また保存やオンラインをクリックする直前で画面がフリーズしてしまいました

もう少ししてからやり直そう、と思ってパソコンを完全に閉じ、洗濯物をたたみ、夕飯のだいたいの準備をしてしまいました。昨日は(というか最近3日に1度は)末っ子の丈吉が晩御飯を作ってくれました。だいたいの段取りさえしておけば、あとは一人で作る、ということだったので、レバニラ炒めと味噌汁を任せることにして、私はもう一度パソコンに向き合うことにしました。

で、またネットそのものがつながりません。同じように通信カラオケもダメです。電話は使えます。どこもかしこも接続しています。というかほぼ毎日使うし、朝から晩までいない、という日以外は基本的につなぎっぱなしなので、いきなりコンセントがぬけているというのも変な話なんですが、それでも一応全てもう一度調べ直しました。またもやADSLが赤いランプとのランプを交互にピコピコさせはじめました。

仕方ないから授業に使うテキストを作ろうと思い、ワードを開いていると、下でなにやら会話が聞こえてきます。長男はアルバイトにでかけてしまったので、下には丈吉しかいないはずなのに、丈吉の笑い声さえ聞こえてきます。娘がお弁当箱を洗い桶の水に浸ける音が聞こえました。洗面所でうがいをする音も聞こえてきます。私が聞いていた予定より1時間近く早い帰宅でした。(ただいまが聞こえなかったのかな?)・・・またなにやら2人で喋って大声で笑っています。「今日はニラレバ」という丈吉の声が聞こえ「ええ?レバニラなんじゃない?逆、逆!」という娘の声。「え?そうなん?」と息子が笑い、(私、さっき丈吉にニラレバって言ったかな?)なんて思いながら二人の会話がほほえましくて、ニコニコと笑いながら、ワードを保存し、いったん閉じました。すると、いきなり画面がウイルスバスターになり、更新をダウンロードし始めたのです。

????え?これって・・・?

そう、ネットがつながらないと起こらない現象です。

慌ててまた階段のそばにある電話器のADSLを確認しにいくと、全て緑色がきっちり点灯しています。へえ・・・つながったんだ・・・。結局何が原因かさっぱりわからんな・・・。

「ただいま。」・・・・・ええっ!? 玄関扉の開く音がして、娘の声がしました。

「今、帰ってきたの?」と、思わず身を乗り出して聞いてしまいました。

「そうよ・・・。たった今。」

「丈吉!今までずっと、独り言言ってたの?」と大声で叫ぶと「そんなわけないやん、必死やのに・・・。」と階段の下から顔をのぞかせます。

「でも・・・笑ってたでしょ?」

「いいや、それどころじゃないもん。味噌汁とレバニラ、2つもいっぺんに作るのに。」

・・・・・・・。

しかし、変なことはもう一つありました。時間の感覚です。

1時間弱、娘と丈吉が喋っていて、私はソレを聞きながらパソコンをしていたのですが、実際に台所に下りてみると丈吉はまだやっとニラをきったところで、味噌汁用に沸かした鍋がまだ沸騰さえしていません。

丈吉はせいぜいまだ10分くらいしかたっていないと思い込んでいました。「手際が悪い」という意味のことをさりげなく言う私と娘を納得のいかない顔で何度も見つめ返すのです。実際丈吉はこの夏、何度も晩御飯を一人で作っていて、ニラと卵の味噌汁だけに1時間弱もかかるのは考えられないですし、鍋のお湯そのものがまだまだ沸騰にはほど遠い状態だったのが不思議でしかたありませんでした。

奇妙な符合は、ネットがつながらない間だけ、いるはずのない家族の声を私が聞いている、ということです。

娘と息子が会話している間、私もよほど下におりて丈吉の料理のはかどり具合を見ようかとおもったのですが、せっかく独りで頑張るといっていることだし、それに娘が加わったのならなお更、私の出る幕はない、と思い、そのままパソコン作業を続けたのです。

もし、私があのとき、台所へいっていたら・・・・。

私は帰ってこれたのでしょうか?

怖すぎます。

なんだか今まで無くなったり突然出てきたあらゆるものが、「やっぱり無くなったんだな」とつくづく再確認できてしまいました。気のせいだとか勘違いなんかじゃない、と。

いつかの携帯のバイブ音も。鍵も。カレーも。30個近いガムも。お金も。果汁のジュースも。2家族があちこちで同時に使ってしまっている気がします。

だから、私に電源の切れた携帯へメールをくれた。

え?私、おかしいですか?

いや、多分正常だと思います。

いいですか?よく聞いて下さい。

娘は絶対「いってきます」とか「ただいま」とか「頂きます」という言葉を私が聞き届けるまで何度もいう人間なのです。私への敬意をこめて。それをろくに聞いてももらえないままで私に顔もみせない、なんてことはしたことがありません。それにいくら娘が弟思いでも、制服をよごすのを嫌うため、着替えもしないでそのまま台所を手伝うなんてありえないんです。

息子もいくらギターがすきでも、いきなり着替えも、うがいもしないままギターを弾くなんてありえません。バイトの時間が迫っているならなお更です。着替えておかなければ落ち着かないはずです。

そしてそれらのおかしなことがネットがつながらない間だけ起きた・・・。これって私がおかしいんじゃなくて、我が家の空間がおかしいんじゃないでしょうか?

うーん、怖すぎ。いつになったら100話書けるんだろう?

| | コメント (13) | トラックバック (0)

2006年9月12日 (火)

しつれーしました

常連様はもうお気づきでしょうが、昨日の記事アップは大変でした。

下書きにしていたはずだし、記事をかいて編集する間は間違いなく「オフライン」にしています。おかげで「保存・公開」をクリックする時わざわざ、「オンライン」に設定しなおし、「下書き」を「公開する」に設定しなおさなければならないのですが、そうでもしないと、パソコンが切れて切れてどうしようもないんですね。

で、書くだけ一挙に書きまくったあとで、「オンライン」と「公開する」設定にしているんですが・・・。そのあと「保存・反映」となるわけですが・・・。

なぜか昨日、下書きでまだまだ編集も見直しもしていない状態で、いきなり「反映」が始まりました・・・

「え?」

いったいどんな状態で公開されてしまったんだろう?と恐る恐る自分のブログを見てみると・・

一番怖い部分が消えている・・・。

で、その後、どうやっても保存・反映までいきませんでした。

仕方ないからそこの部分を削って公開しなおしてみたら、やっと公開できました。

なので、いちはやく昨日の記事アップを確かめられたお客様しか知らない部分がございます。

編集しなおしたあとの記事を見たら、どこの部分が削られたかは明白でございます。

ふ~~~~~~(ーー;)

大変失礼しました!!

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2006年9月11日 (月)

読んで後悔しないで下さいね。第99話

そろそろ現在進行形のやつや、つい最近のも記事アップしましょうね。20代後半まで近づいてきましたが、それ以降の分まで記事にしていると最高に怖くしたい99・100・101話がポシャッてしまいますので・・・。過去の話はまた102話目以降にします。どうぞ引き続き読んでくださいませ(ってまだネタがあったのかよ?と驚かれている方・・・まだまだありますよ。だってまだ10年分以上残していますもの・・)

デモ、今から載せるのって、本当にこわいですよ。だって行き路がにげちゃったんですから。わはは!逃げてばかりいないでいい加減なんとかしないといけなかったけど。この年は子どもたちがそれぞれにサイッコーに手がかかったもんですから余力が必要だったので・・・。もう精根尽き果てることマチガイナシなので。現実逃避してました。

ある夜、夜中、目が覚めました。(ほんの去年のことですが)

この夏は本間の8畳の和室に長女と次男と私の3人が寝ています。

何も深い意味はござんせん。単なる冷房費の節約、および温度調整の都合。

長男はこの夏バイト三昧でくたくただったのでさすがにかわいそうなので少し涼しくしてでもぐっすり寝させてやりたいですし、他の2名は鼻炎と関節炎の都合であまり部屋を涼しく出来ません。おまけに天下の霧が峰・・・引っ越したときから設置してあった40年物の冷房です。エアコンではないので冷えっぱなしになります。

で、夜中に5度は目の覚める行き路が28度以下にならないよう管理して就寝後2時間で電源をきって部屋中を換気します。これでもこどもたちの健康管理には余念がないのです。

夜中に目が覚めました。

10度目くらい。しかも5分ほどしかたっていない。

暑いわけでも涼しくなりすぎてるわけでもないし、子どもが喘息をだしてぜいぜいしているわけでもない・・・。だれかがトイレに行ったわけでもない。

普通、ここまで目が覚めると寝も浅く、すぐには寝られないはずなのですが、不思議なことに寝ようと思うとすぐうつうつと眠くなるのです。

なのに、またわずか3分後に目が覚める。さめても眠くてふらふらということはなく、すっきり目が覚める。

でも、また寝なおそうとすればすぐ眠くなります。

今度は18分後に目が覚めました。時計は2時56分でした。

!!

階段を誰かが昇っている。

またいつものやつか・・・?(前の記事参照)いや、なんだか音の立て方がいつもの人じゃない!!違う、階段を昇ったんじゃない!!

這ってあがってる!?

私は20分ほど前に目が覚めたときに、冷房がきれて暑くなりだしたので、廊下側のふすまの片方を少し開けていることを思い出しました。

いやだな・・・まっすぐいつもみたいに通り過ぎてくれればいいのに・・・・。

しかし、目を閉じて意識を集中すれば、その何かが階段を這いずり回って上がってくるとき、まるで犬のように匂いをかいで何かを探しているのがわかります。

その日に限って数珠もお経も人に預けていました。私は金縛りになっていないことを不思議に思いながら、廊下側にねている息子の布団を必死に上へ上へとずりあげました。

20センチほどあけている隙間からのぞいてもすぐに息子の顔が見えないようにしたかったのです。壁いっぱいまで布団を移動させ、ふすまをしめるべきかどうかかなり迷いました。音をたてることでわざわざ気付かせてしまうかもしれないし、完全にしめてしまっては、その廊下の先にある部屋でねている長男の様子がうかがえなくなります。

いつもはほんのすこしずれて丁度部屋と部屋の境界線あたりへふっと消えるのですが、今回はそういうわけにはいかないようです。何かを探しているわけですから。長男の部屋にでも入られたらと思うと、すうっと背中に冷たい汗が流れました。私はふすまの戸に背をつけてべったり貼り付いていました。万一入ってきたものが娘へむかったら、たちむかうが、出来ることなら勝負をさけたい、と思いました。

それほど、わけもなく怖いのです。

ぎしっぎしっ・・・・とうとう階段をのぼりつめて床を這い出しました。階段を登りつめたところに2間続きで和室があるのですが、音はその部屋のほうへと向かいました。私は陀羅尼経を唱えながら、息子と娘を隠して欲しい、とご先祖さまに願い続けました。ふすまにはりついたまま金縛りになったのかならないのに動かなかったのかよくわかりませんが、とにかく、小さく縮こまっていました。

音はすぐもどってきました。はあはあと息遣いまで聞こえてくるのです。四つんばいですからぎしぎしとたてる音も4つ・・・。すぐそばまできています。わたしには消災陀羅尼を唱えることしかできません。その何かはじっと、ふすまのむこうで聞き耳をたてているというか意識を集中させています。様子をうかがっているのです。

「ココカ?」まるでコンピュータの音声のような、よく日本人が宇宙人をマネして喋るときのような声が不気味でした。私は20センチばかりあいているふすまのほうをみる勇気もありません。ただただ筋肉がつるかというほどアゴを引き締め、これ以上ないというくらいふすまに張り付いていました。手が、部屋へ入ってきました。視界の端に黒い腕が煙のようにもやもやと絶えず大きさを変えながら入ってくるのが見えます。

と、20センチしかなかったはずなのに・・・ふすまはこれっぽちも動いていないのに、次に私がその姿を捉えたときは、もう息子の足元を這っていました。犬のように地面に顔をこすりつけるようにしながら、黒い大きさの変わるもやもやしたものが人の形をして、息子の足元にいるのです。私も息子も娘も見つかったか、と思ったのに、その黒いものは、私が今まで寝ていた布団へと向かうようでした。

その直後のその行動!!

私は「身が凍る」ほどの怖さを初めて味わいました。

いきなり、その黒いものが短剣のようなもので、私の布団をグサッグサッと、突き刺し始めたのです。

もう少しで怖さと驚きで声をだして泣いてしまうところでしたが、その黒いものには私がいるかいないかの区別がついていないらしいことがわかって、落ち着きを取り戻しました。

しかし・・・

「ヨウシ・・・終ワッタゾ・・・報告報告・・・。」

私はその言葉を聴いて気を失ったようです。気が付いたら息子の隣で座ったままで寝ていました。

まずいことに、どうやら私を刺すということを誰かに報告し、それを確認してもらうようです。

これでは私が無事だということはすぐばれてしまう・・

心配したとおり、それから同じような夜が5度もありました。

なので5度目には夜中にわけもなく目が覚めた時点で、20センチだけ扉をあけて、子どもたちは視界に入りにくいように上へ布団ごと場所をずらし、自分は扉に貼り付いて待機・・・ということを繰り返しました。

もちろん、昼間は陀羅尼経を常に頭におき、お盆の頃というのもあってご先祖さまや守護してくださっている方々への気持ちも忘れずもつようにして、なるべく注意をしていましたが、とにかく逃げてばかりではいけないし、自分の意識がなくなったあと、どんな状態なのかも気になったのでいよいよ決着をつけなければならないとは思っていたのです。

いったいどうやったら私をあきらめてくれるんだろう・・・・。

ぼうっと考え事をして晩御飯を作っていた私は人差し指と中指をかなり深くきってしまい、ティッシュとハンドタオルをかなり血で汚してしまいました。

ダメダメ、ふりまわされてる・・・。めったに料理を失敗しないので、指をきったことはかなりのダメージでした。そんな怪我さえもがあの黒いものの仕業のような気がしたのです。でも、それが私を救うことになったのです。

完全に止血し、晩御飯を終えたあと、睡眠不足が続いた私は後片付けもそこそこに、すぐ眠ってしまい、和室のすみに大量に血でよごれたティッシュやハンドタオルを放ったままだったのです。娘も息子もそれに気付かず、また夜の出来事は子どもたちに内緒にしていたので、珍しく早く寝たのを「疲れているのかな」と判断しそっとしておいてくれたのでした。

しかしそこまでくたびれていても、すぐ1時にまた目が覚め始め、3度目のめざめが1時25分だったとき、私はすぐさまいつもどおりの行動にでました。

その時、血だらけのハンドタオルやティッシュが目に付いたのです。私は咄嗟にそれを布団の下に隠しました。その時はただ血の匂いでいつもよりものすごい勢いであいつがきたら怖い、という気持ちで隠したのです。

ギシギシとまた、黒いかたまりが廊下をはいずってきました。そのしつこさに怖すぎて涙がでそうでした。そして、いつものように空になっている私の布団めがけて、鋭く尖った何かを突き立てて、「報告、報告・・・。」とテープを引き伸ばしたような声が聞こえたのです。また、恐ろしさで頭がぼうっとなり、直後物凄い睡魔に襲われたのですが、この日、私の手元には数珠が帰ってきていました。数珠の房を握り締めて、やっとの思いで目をこじ開けました。その黒い塊はすざまじい速さで廊下へ出て行ったのです。

その時、血だらけのハンドタオルを布団のうえに置くことを思いつきました。震えながらやっとの思いでティッシュもちりばめました。体が震えてどうしようもありませんでした。

その時、「脱げ、脱げ」という声がしたかと思うと、私はTシャツを脱いで布団の上に置き、またふすまにへばりついていました。何故いわれるままに脱いだのかよくわかりません。

また、階段を昇ってくる音がします。

!!

この世のものとは思えないほど綺麗な男の人!!

ギリシャ神話にある彫刻のような男の人が、鎖にあの黒いカタマリの人間のようなものをつなげて、犬の散歩でもしているかのようにふっと部屋の中に入ってきたのです。

「なんてことだ!殺してしまうなんて!!」というようなことを言ったのだと思います。

サシタダケ・・・サシタダケ・・・と、黒い塊がテープのような声を出しました。

血だらけのハンドタオルと、来ていたTシャツを脱いでおいたことが、彼らには充分、目くらましになったのでしょう。Tシャツを掴んだ手が、ふっと力をぬいて・・Tシャツが布団に落ちると同時に忽然と・・・そう忽然と姿が見えなくなりました。

まるで今まで夢を見ていたのか、と思うほどあざやかに、姿がなくなりました。

その日、布団の上で眠る気になれず、私は狭い思いをしながら息子と娘の間に転がりましたが、一睡もできませんでした。

この1週間続いた一連の出来事を「夢」と言い切る友人もいます。一度みてしまった強烈な夢は無意識に繰り返してみる、ということです。確かに5夜とも私は気絶に近い状態で朝、目を覚ましていますから、夢でなかったと言い切れないでしょう。それにあれだけグサグサと短剣が突き刺さったはずなのに布団はなんともなっていません。

しかし、本当に怖いのは、6夜目の朝なのです。

私はTシャツを脱いでタンクトップの状態で朝を迎えていました。夢なら何故、Tシャツを脱ぐ必要があったのでしょう?寝ぼけ眼で無意識に暑くて脱いだとは考えにくいのです。冷房はまだつけていてそれなりに涼しかったですし、目覚めて瞬時に頭のさえる人間なので、知らないうちにTシャツを脱いだとは考えにくいのです。こわごわ布団をみてみると、布団の上で血のついたティッシュが散乱していました。和室の隅にかためておいてねたはずなのです。夢だというなら誰が何の目的で私の布団の上にばらまくのでしょう?

そしてハンドタオルが破れていました。

脱いだTシャツをみて驚きました。

自分では全然気付かなかったのですが、着替えたのは止血したあとなのに、少しだけ、背中の部分に血がついていたのです。

もし、あのまま着ていたら・・・着たままふすまに貼り付いていたら・・・

あの「脱げ」という忠告をしてくれたのは誰でしょう?

二度と彼らはきません。

しかし彼らの目的が私を刺すこと・・・殺さずに刺すことだったのですから恐ろしい話です。

| | コメント (7) | トラックバック (0)

2006年9月 7日 (木)

98話目・我が家の不思議

その1  玄関

      下駄箱においてあるはずの鍵がよくなくなる。←でも。だからといって勝手に玄関の鍵が開いていたということは今まで一度もない。

      靴が片方だけなくなる。我が家は3人子どもがいるので、あまり古くなっていない靴は原則お古として下の子どもが履くのだけれど、片方突然なくなる。結果、履けないで捨てる羽目になる。←しかしながら汚れがひどくいずれはお古にまわざず捨てよう、と思っている靴に限って両方そろったままである。

      突然鍵がさせなくなる。外から鍵をしめることができなくなるときがある。どうやっても鍵がささらない。いったん中へ入って中から鍵をしめてみてまた外へ出ると難なくあっさり鍵が閉められる。

      絶対に玄関の扉を開閉する音がしたのに、誰も帰ってきていない。そしてふときづく。我が家の家族は皆必ず帰ってくるとすぐ鍵をしめる習慣がある。従って外から帰ってきたら扉を開ける音のまえに鍵をガチャガチャあける音がするはずだが、そういう音がしていないまま扉の開いて閉まる音がする。声をかけても誰もいない。←しかし行き路は声をかけてしまう。泥棒がはいってきても区別がつかないから・・・。

その2  階段

      ミシミシと階段を上る音が間違いなく聞こえるのに誰もいない。あるいは廊下を歩く音までする。下手したら和室の扉はたいがい開けているので、音のしているのを誰かが帰ってきたのか、とわざわざ廊下や階段を覗いてしまうときがある。←目の前で音がしているのに誰も歩いていない。しかし、行き路は言うのである「お帰り。ちゃんと自分の帰るほうへ帰ってね。」

その3  台所と和室

      フライパンやボウルなどをさがす生活音が聞こえるため、外から帰ってきた家族は私が下にいるものだとばかり思い込んでよく、玄関で「ただいま」と台所にむかって独り言をいっています。さきほども娘と2人リビングの真下でギシギシとイタを踏みしめるような音がしたのを聞いたのだが、真下はちなみに和室。どうやったらあんな音がするのかなぁむりやり木の扉をこじ開けていました。あ!そういえば床の間にたてつけの悪い物いれがあった・・・。誰があの扉をむりやりこじ開けているのやら?? 部屋には私と娘しかいないのですが???

      行き路

      時計を壊します。腕にはぜったいはめられません。過去、突然止まっていたり遅れていたせいで2度ほど大幅な遅刻をして大失敗をやらかしてしまい、以来15年間、腕時計をしていません。自分の仕事する場所で、目に付く場所には絶対時計をおきません。お客様には不自由な思いをさせてきましたが、最近は携帯電話で時間の確認をしておられます。文明の利器に感謝・・・・ちなみにですからそれゆえしかるに、行き路は携帯電話を携帯いたしません。カバンの中に入れてもちあるきます。身にはつけません。それでよく携帯の呼び出し音を聞き逃し、いざというとき連絡がとれない、と苦情を頂きます。もう、謝るしかございませんです。

      それゆえ、行き路は車を運転することができません。過去、2台いえ正確には2人、毎日のように私を仕事場まで送迎してくれた車が・・・いえ人がいたのですが、半年もしないうちに車がダメになってしまいました。ゴメンナサイ。信じて関連付けて考えてくれなかったのをいいことに弁償せずじまいです。以来、あまり人に送迎を頼むのがすきではありません。不便な人間です。

      イヤリングをするとその日中に必ず片方なくします。運よく、なくならなかったイヤリングを持ち歩いたり、再度つけると、大怪我をします。で、もう、過去20年ほどイヤリングというものをつけていません。結婚式などに参列するときくらいです。しかし、イヤリングをなくさないということにより、沢山の災難がふりかかるようになりました。なくなっていったイヤリングはもしや私の身代わりだったのか?とかアホなことを真剣に考えています。もっぱら前向き人間・・・・。またつけてみよう・・・と思う頃にはしっかり金属アレルギーです。

      過去の行き路の大怪我語録・・・自転車のチェーンが突然ぶちきれて、電柱に激突・・・道路工事中で深く穴をあけていたにも関わらず真っ暗で街灯もなく、工事ランプも標識もなかったため、転落・・・ちなみに私の落ちる直前に看板やランプの設営中にアクシデントがおきてほんの一瞬ランプや標識が外され、警備員さんもいなかった・・・信号無視して渡ろうとした老人をよけようとした車がぶつかってきた・・・器械体操中、段違い平行棒の下段のバーが突然外れた・・・ある日突然、自分以外の誰かや何かの原因でふりかかる怪我の数々・・・・しかし・・・・ほとんど医者にいかずにとかげのしっぽのような回復力で常人の半分くらいの日数で治してしまいます。

そうそう、怪我といえば、今年の2月、凄い目にあいました。原因も前後の話の流れも決して説明するわけにはいきません。事実、くるみんはそれに関わっただけであやうく大惨事になるところでした。

よそみ運転の車にぶつけられました。

南向きの一方通行の道へでる車ですから、車や人を確認するのはとうぜん北からくる車を確認しなければならないはずなのに、その人、南をみて何もこないと安心して車を進めてきて私たちにぶつかったのです。

でも、ね、私、彼女を責めませんでした。青い顔をして「大丈夫ですか?」と窓から顔をだす彼女に「いいです。」と応える私を不思議そうにみつめるくるみんでしたが、私はみてしまったんです。

南しか見ない運転席の彼女の頭に爪をのばした指がからんでいるのを・・・。

彼女は南だけしかみさせてもらえなかったのです。

くるみんを狙ったあるモノに・・・。

間一髪嫌な予感がした私がくるみんの横に分け入ったところに車がぶつかってきたのです。

首を寝違えたかと思うほど痛めてしまいました。

でも、2週間ほどで完治してしまいました。

所詮、それもこれもまがいものの怪我ですから。

    一番不思議なのは、何を隠そう、このワタクシです。うひひひ・・・。

      

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2006年9月 3日 (日)

97話目・・・踏んづける

これは時々コメントにも書かせていただいている「加古川のYまま」の家での体験談です。このお話はそうですね、怖い話ベスト5に入るのでは、と思います。ただ、このYまま、お母様も妹さんも霊感があって、その上小さな可愛いお子様たちまで影響があり、本当に色々な話が複雑にからんでいて・・・どこからどう説明してよいやら、になるので、とにかく、怖かった場面場面をクローズアップしてお話します。どこかで全てをつなげて説明できる機会があればしようかな、と思うのですが、なにぶん、かなり長くなってしまうので、場面場面の切り張りでご勘弁ください。ここまで書けたのも、今日が初めてです。しゅんてんさんのアドバイスに従い、順番にこだわらないで書ける時がきたら、書こう、と思っていたのですが、いつになったら書かせてもらえるんだろう?というくらい記事アップができませんでした。

彼女の家の玄関入ってすぐに両脇に部屋があります。そのまま廊下突き当りがリビングダイニングになっていて、そのお隣に和室があり、そこで兄弟なかよくベッドで寝ていたりもしています。

Yままは、台所仕事をしていると、いつも視線を感じ、おまけに頭痛がしてきて、吐き気があって、憂鬱な毎日をすごしていました。その視線というのが玄関入ってすぐの部屋から・・・その部屋から、じっと誰かが身体をのりだして台所のほうをのぞこうとしているような気がする、というもので、どこにでもありがちな構造ですが、廊下に出ないとトイレにもいけないので、子どもたちも怖がってトイレの扉をしめず、誰かがトイレにいくたび誰かがついていかなければならない状態でした。

最寄の駅まで車で迎えにきてもらい、私の闘いが始まりました。

まずそのマンション全体が川沿いに建ち、道路の突き当たりに立ち並んでいました。コの字方になっていて、わざわざ全ての吹き溜まりをマンションで囲んで受け止めているような印象を受けました。

玄関に入ろうとして・・・隣が異様に気になりました。「ね、隣って・・・住んでるの?」と問うと「やっぱり、お姉さんも(彼女は私をお姉さんと呼んでくれます)へんだと思いますか?隣、だれもすんでないんだけど・・・誰かがいるようなきがするんです。」

私は空室とわかって、門扉をあけ、隣の玄関前まで行きました。・・・・絶対いる!この扉の向こうで息をひそめている・・・・。

神経を集中させました・・・。1人、2人、3人・・・4人・・・5人!!

あ!と、声を出しそうになりました。そのうちの1人が・・・壁をすりぬけて、隣の・・・つまりYままの家の中・・・いつも視線を感じているという部屋へ移動したのを感じたのです。

「入ろう。」私は思わずYままを押しのけて自分を先に玄関に入れていました。

「やっぱり・・・この部屋、いるんですね?」部屋を凝視する私に、こわごわ彼女が尋ねます。隠してもしようがないですし、ガードしてもらわないとまずいことですから、こういうときの私は非常に冷たいのです。「いるよ、目の前に。膝をかかえてすわってる。火事でしんだから凄く喉が渇いてる。お水がほしくて台所をのぞいているうちにYちゃんをみつけてしまったみたい。」そういう説明を、じっと膝を抱えながら聞いている彼は大変おとなしそうだったのですが・・・。

「私、三日前・・・寝ていて夢をみたんです。水くれ、って言われる夢・・・。」彼女の顔が蒼白になります。

「怖がったらダメよ。こっちは水を供えてあげる立場なんだから、必要以上にビクビクしなくてもいいよ。」私はコップに水をついでもらうと、膝を抱えている男の前におきました。怖いだろうし、子どもを見つけられたらやっかいです。普段見えていなくても、私という電波があれば、彼の視野が広がってしまう可能性もあります。誰にも入らせないで、2人きりになると、お線香をそなえ、「毎日お水をお供えするようお願いしてあげるから、この部屋からでたらだめだよ、約束して。」と、言いました。

その時。

「おしっこ・・・。お姉さんがいるあいだにおしっこする。」

Yままの次男が、私がいるあいだなら怖くない、と思ったのでしょう、私のいる部屋のすぐ近くにあるトイレに来たのです。

男の表情が一瞬、変わりました。

この男、子どもが嫌い?女の人も嫌い?

私は立ち上がって、すぐ部屋を出て扉をしめました。Yままも慌てて台所の扉をあけて廊下に出てきて「いま、おしっこしなくてもいいでしょ?」と、子どもの手を引きました。

「お姉さん、どうですか?あの・・・もう大丈夫でしょうか?」夫婦で心配そうに私を見つめます。対面式カウンターになっているため、私はそのカウンターに大至急この部屋全体を護らせるためのお線香を炊かせて、陀羅尼経を書くようにいいました。

しかし・・・。あの男は部屋から出てきてしまったのです。

今まで一度も踏み出したことの無い廊下に足を踏み出しました。

「お姉さん・・・お線香の煙が・・・変!?」Yままが叫んだのと、煙が意思をもったかのようにバッバッととぎれとぎれに輪を描いたのが同時でした。「YUさん(Yままの旦那さん)、子どもたちの手を引いていて。」と、叫んで私は廊下への扉を背中で押さえました、が、物凄い勢いで扉が開かれ、私は壁に叩きつけられました。

しかし、私はひるみませんでした。再度、廊下との境界線に立ち、「どけ、どけ」と呟く男がぐいぐい私を押してくる感触に抵抗し続けました。

ふ・・・

と、その抵抗がなくなって、気が抜けた、その瞬間。

うわああっと、叫んでいました。

廊下の隅っこを・・・私の足の隙間をかいくぐって・・・・蛇のように伸びた黒焦げの腕が・・・子どもの足を掴もうとしているのです。

「退け!地獄へ落とすぞ!。」

私はその腕を・・・・思いっきり踏んづけていました。

消災陀羅尼を唱えだした途端、男はあっというまに部屋に逃げ帰りました。

この部屋はたまたま通り道だったから・・・・。でも居心地よくて・・・みな、このあたりをウロウロしている・・・。この家の者は皆、我々にきづいてくれそうな人間ばかり・・・。もう二度と悪さはしないから・・・お水を下さい。

彼は消え入りそうに薄くなっていました。

「今日からお水を毎朝お供えさせるから、二度と悪さをするな。地獄へやるぞ。」

そういうと、完全に姿が見えなくなりました。

そののち、Yままがうっかり水を供え忘れると、夢の中で「お水!」と言われるくらいのことはありましたが、なんとかこの件は収まりました。

いえ、ここのYままご一家、他にも色々とございます。何しろYままご一家、霊感のあるかたが3人お揃いのうえ、子どもたちも敏感ですので・・・。

大変、です。

| | コメント (7) | トラックバック (0)

2006年9月 2日 (土)

叩く者

え~相変わらずブログの更新にてこずっております。なんとか暑いうちに100話になりたいですね。あと5話なのに・・・・。コメントも頂いているのになかなかお返事できず、申し訳ありません。この場をかりてm(__)mm(__)mm(__)m!!

これは 10年ほど前のお話です。

知り合いに1人暮らしをされている60代の女性がいました。彼女は特別に怖がりというわけでもないのですが、音には敏感な方で怖いとか怖くないに関わらず、とにかく「音」にたいしては色々ガマンできない方でした。

子どもの笑い声でも、猫の鳴き声でもクラクションでも・・・。とにかく騒がしいことが苦手だったのです。

ある日、この女性の息子さんから相談を受けました。

1人暮らしの母親がリビングでテレビを見ていると、物凄い勢いで階段を降りてくるものがいるらしいのです。それも階段の壁をガンガン叩きながら。そして、リビングのドアノブのあたりまで近づいてくる、ということで、「怖い」というより「うるさくておそろしい」という感じだそうです。どんな乱暴者がいるのだろう、あるいはイタチのような獰猛で俊敏な野生動物であれば、それも怖いということで、しかしながら私に相談してくる、ということは、うすうす彼女も「ひょっとしたら・・・?」くらいの気持ちはある様子でした。

ある日うっかりドアを閉めずにテレビをみていたら、その、ガンガンという音が階段から降りてきてしまい、いったいどうなるのだろう、と固唾をのんでみていると、とうとうその音が今度は床を叩きながら、部屋へ入ってきてしまったそうです。

ソファーに座っていたので、怖くてソファーの上に足をあげてじっとしていると、その音が床を叩きながらまた階段をあがっていったので、とうとうガマンしきれず、私に相談してもらうように頼んだのでした。

私が家にはいってもまだなお、彼女は、「こんなはっきりしていないことでわざわざ来て頂いて・・・・。」と、まだ自分の身に起こったことに半信半疑でした。しかし、私はもう、まっすぐ階段をあがっていました。

何かがいる、この家の2階に。

そしてこの家の中すべてを徘徊し終えたときこの家は燃やされる。

それが、私が咄嗟に感じた全てでした。何の根拠もありません。

どんどん2階にあがってしまい、お線香を燃やしました。

無風状態でほぼまっすぐあがる線香の煙が一つの部屋だけ異様に真横になびきます。もちろん窓もしめきっていますし、他の場所ではまっすぐあがるものが、明らかに一箇所だけ顕著に煙が真横になるのは、やはり単なる偶然ではないでしょう。

私は思い切ってその煙が指し示す方向にある高窓をあけて外を見ました。

!!!

その窓からは屋根に出られそうな状態なのですが、その屋根に、ゴロンと転がっている・・・焼け焦げた男の人が・・・。

私は驚きすぎてその高い場所にある窓を開けるために乗っていた踏み台から落ちそうになりました。

男は私をみつけると、ダンダンと屋根瓦を叩きながら、こちらに近づいてきます。

「苦しい・・・苦しい。後ろからガソリンかけられたぁ、火ぃつけられたぁ・・熱い、苦しい!ワシはせめてこの家中一緒に燃やしてやりたかったのに。ワシだけ燃えたぁ。」

そういいながらどんどん近づいてくるのです。

「だめ!今住んでいる人には関係ない!!」私は数珠を握り締めてそう叫びました。

もし、もうこの家を焼くことを諦めてくれるなら、供養してあげよう・・・水もたっぷり供えてやろう。もう、諦めなさい。

「いやじゃ。この家の息子の建てた家も全て燃やしてやるう。」

私は大急ぎで般若心経を唱えると、ロウソクと線香をありったけそこで燃やしながら、1階で待っている二人に陀羅尼経を書くように勧めました。

少しずつ少しずつロウソクとお線香をもって後退しながら下へおりていきます。ここで見張っていたいけれど二人とも陀羅尼の書き方も、書いている最中紙面に息を吹きかけないようにすることも知りません。すぐ傍で自分の手で線香を燃やさなければ意味がないことも・・・。

仕方ないので、いったん1階に降りて二人にお経を書く用意をさせました。

ダン!

窓から飛び降りて入ってくる音がして、「うわあ!」と二人が叫びました。

「大丈夫、いますぐ取り殺したりとかできな