そろそろ現在進行形のやつや、つい最近のも記事アップしましょうね。20代後半まで近づいてきましたが、それ以降の分まで記事にしていると最高に怖くしたい99・100・101話がポシャッてしまいますので・・・。過去の話はまた102話目以降にします。どうぞ引き続き読んでくださいませ(ってまだネタがあったのかよ?と驚かれている方・・・まだまだありますよ。だってまだ10年分以上残していますもの・・)
デモ、今から載せるのって、本当にこわいですよ。だって行き路がにげちゃったんですから。わはは!逃げてばかりいないでいい加減なんとかしないといけなかったけど。この年は子どもたちがそれぞれにサイッコーに手がかかったもんですから余力が必要だったので・・・。もう精根尽き果てることマチガイナシなので。現実逃避してました。
ある夜、夜中、目が覚めました。(ほんの去年のことですが)
この夏は本間の8畳の和室に長女と次男と私の3人が寝ています。
何も深い意味はござんせん。単なる冷房費の節約、および温度調整の都合。
長男はこの夏バイト三昧でくたくただったのでさすがにかわいそうなので少し涼しくしてでもぐっすり寝させてやりたいですし、他の2名は鼻炎と関節炎の都合であまり部屋を涼しく出来ません。おまけに天下の霧が峰・・・引っ越したときから設置してあった40年物の冷房です。エアコンではないので冷えっぱなしになります。
で、夜中に5度は目の覚める行き路が28度以下にならないよう管理して就寝後2時間で電源をきって部屋中を換気します。これでもこどもたちの健康管理には余念がないのです。
夜中に目が覚めました。
10度目くらい。しかも5分ほどしかたっていない。
暑いわけでも涼しくなりすぎてるわけでもないし、子どもが喘息をだしてぜいぜいしているわけでもない・・・。だれかがトイレに行ったわけでもない。
普通、ここまで目が覚めると寝も浅く、すぐには寝られないはずなのですが、不思議なことに寝ようと思うとすぐうつうつと眠くなるのです。
なのに、またわずか3分後に目が覚める。さめても眠くてふらふらということはなく、すっきり目が覚める。
でも、また寝なおそうとすればすぐ眠くなります。
今度は18分後に目が覚めました。時計は2時56分でした。
!!
階段を誰かが昇っている。
またいつものやつか・・・?(前の記事参照)いや、なんだか音の立て方がいつもの人じゃない!!違う、階段を昇ったんじゃない!!
這ってあがってる!?
私は20分ほど前に目が覚めたときに、冷房がきれて暑くなりだしたので、廊下側のふすまの片方を少し開けていることを思い出しました。
いやだな・・・まっすぐいつもみたいに通り過ぎてくれればいいのに・・・・。
しかし、目を閉じて意識を集中すれば、その何かが階段を這いずり回って上がってくるとき、まるで犬のように匂いをかいで何かを探しているのがわかります。
その日に限って数珠もお経も人に預けていました。私は金縛りになっていないことを不思議に思いながら、廊下側にねている息子の布団を必死に上へ上へとずりあげました。
20センチほどあけている隙間からのぞいてもすぐに息子の顔が見えないようにしたかったのです。壁いっぱいまで布団を移動させ、ふすまをしめるべきかどうかかなり迷いました。音をたてることでわざわざ気付かせてしまうかもしれないし、完全にしめてしまっては、その廊下の先にある部屋でねている長男の様子がうかがえなくなります。
いつもはほんのすこしずれて丁度部屋と部屋の境界線あたりへふっと消えるのですが、今回はそういうわけにはいかないようです。何かを探しているわけですから。長男の部屋にでも入られたらと思うと、すうっと背中に冷たい汗が流れました。私はふすまの戸に背をつけてべったり貼り付いていました。万一入ってきたものが娘へむかったら、たちむかうが、出来ることなら勝負をさけたい、と思いました。
それほど、わけもなく怖いのです。
ぎしっぎしっ・・・・とうとう階段をのぼりつめて床を這い出しました。階段を登りつめたところに2間続きで和室があるのですが、音はその部屋のほうへと向かいました。私は陀羅尼経を唱えながら、息子と娘を隠して欲しい、とご先祖さまに願い続けました。ふすまにはりついたまま金縛りになったのかならないのに動かなかったのかよくわかりませんが、とにかく、小さく縮こまっていました。
音はすぐもどってきました。はあはあと息遣いまで聞こえてくるのです。四つんばいですからぎしぎしとたてる音も4つ・・・。すぐそばまできています。わたしには消災陀羅尼を唱えることしかできません。その何かはじっと、ふすまのむこうで聞き耳をたてているというか意識を集中させています。様子をうかがっているのです。
「ココカ?」まるでコンピュータの音声のような、よく日本人が宇宙人をマネして喋るときのような声が不気味でした。私は20センチばかりあいているふすまのほうをみる勇気もありません。ただただ筋肉がつるかというほどアゴを引き締め、これ以上ないというくらいふすまに張り付いていました。手が、部屋へ入ってきました。視界の端に黒い腕が煙のようにもやもやと絶えず大きさを変えながら入ってくるのが見えます。
と、20センチしかなかったはずなのに・・・ふすまはこれっぽちも動いていないのに、次に私がその姿を捉えたときは、もう息子の足元を這っていました。犬のように地面に顔をこすりつけるようにしながら、黒い大きさの変わるもやもやしたものが人の形をして、息子の足元にいるのです。私も息子も娘も見つかったか、と思ったのに、その黒いものは、私が今まで寝ていた布団へと向かうようでした。
その直後のその行動!!
私は「身が凍る」ほどの怖さを初めて味わいました。
いきなり、その黒いものが短剣のようなもので、私の布団をグサッグサッと、突き刺し始めたのです。
もう少しで怖さと驚きで声をだして泣いてしまうところでしたが、その黒いものには私がいるかいないかの区別がついていないらしいことがわかって、落ち着きを取り戻しました。
しかし・・・
「ヨウシ・・・終ワッタゾ・・・報告報告・・・。」
私はその言葉を聴いて気を失ったようです。気が付いたら息子の隣で座ったままで寝ていました。
まずいことに、どうやら私を刺すということを誰かに報告し、それを確認してもらうようです。
これでは私が無事だということはすぐばれてしまう・・・
心配したとおり、それから同じような夜が5度もありました。
なので5度目には夜中にわけもなく目が覚めた時点で、20センチだけ扉をあけて、子どもたちは視界に入りにくいように上へ布団ごと場所をずらし、自分は扉に貼り付いて待機・・・ということを繰り返しました。
もちろん、昼間は陀羅尼経を常に頭におき、お盆の頃というのもあってご先祖さまや守護してくださっている方々への気持ちも忘れずもつようにして、なるべく注意をしていましたが、とにかく逃げてばかりではいけないし、自分の意識がなくなったあと、どんな状態なのかも気になったのでいよいよ決着をつけなければならないとは思っていたのです。
いったいどうやったら私をあきらめてくれるんだろう・・・・。
ぼうっと考え事をして晩御飯を作っていた私は人差し指と中指をかなり深くきってしまい、ティッシュとハンドタオルをかなり血で汚してしまいました。
ダメダメ、ふりまわされてる・・・。めったに料理を失敗しないので、指をきったことはかなりのダメージでした。そんな怪我さえもがあの黒いものの仕業のような気がしたのです。でも、それが私を救うことになったのです。
完全に止血し、晩御飯を終えたあと、睡眠不足が続いた私は後片付けもそこそこに、すぐ眠ってしまい、和室のすみに大量に血でよごれたティッシュやハンドタオルを放ったままだったのです。娘も息子もそれに気付かず、また夜の出来事は子どもたちに内緒にしていたので、珍しく早く寝たのを「疲れているのかな」と判断しそっとしておいてくれたのでした。
しかしそこまでくたびれていても、すぐ1時にまた目が覚め始め、3度目のめざめが1時25分だったとき、私はすぐさまいつもどおりの行動にでました。
その時、血だらけのハンドタオルやティッシュが目に付いたのです。私は咄嗟にそれを布団の下に隠しました。その時はただ血の匂いでいつもよりものすごい勢いであいつがきたら怖い、という気持ちで隠したのです。
ギシギシとまた、黒いかたまりが廊下をはいずってきました。そのしつこさに怖すぎて涙がでそうでした。そして、いつものように空になっている私の布団めがけて、鋭く尖った何かを突き立てて、「報告、報告・・・。」とテープを引き伸ばしたような声が聞こえたのです。また、恐ろしさで頭がぼうっとなり、直後物凄い睡魔に襲われたのですが、この日、私の手元には数珠が帰ってきていました。数珠の房を握り締めて、やっとの思いで目をこじ開けました。その黒い塊はすざまじい速さで廊下へ出て行ったのです。
その時、血だらけのハンドタオルを布団のうえに置くことを思いつきました。震えながらやっとの思いでティッシュもちりばめました。体が震えてどうしようもありませんでした。
その時、「脱げ、脱げ」という声がしたかと思うと、私はTシャツを脱いで布団の上に置き、またふすまにへばりついていました。何故いわれるままに脱いだのかよくわかりません。
また、階段を昇ってくる音がします。
!!
この世のものとは思えないほど綺麗な男の人!!
ギリシャ神話にある彫刻のような男の人が、鎖にあの黒いカタマリの人間のようなものをつなげて、犬の散歩でもしているかのようにふっと部屋の中に入ってきたのです。
「なんてことだ!殺してしまうなんて!!」というようなことを言ったのだと思います。
サシタダケ・・・サシタダケ・・・と、黒い塊がテープのような声を出しました。
血だらけのハンドタオルと、来ていたTシャツを脱いでおいたことが、彼らには充分、目くらましになったのでしょう。Tシャツを掴んだ手が、ふっと力をぬいて・・Tシャツが布団に落ちると同時に忽然と・・・そう忽然と姿が見えなくなりました。
まるで今まで夢を見ていたのか、と思うほどあざやかに、姿がなくなりました。
その日、布団の上で眠る気になれず、私は狭い思いをしながら息子と娘の間に転がりましたが、一睡もできませんでした。
この1週間続いた一連の出来事を「夢」と言い切る友人もいます。一度みてしまった強烈な夢は無意識に繰り返してみる、ということです。確かに5夜とも私は気絶に近い状態で朝、目を覚ましていますから、夢でなかったと言い切れないでしょう。それにあれだけグサグサと短剣が突き刺さったはずなのに布団はなんともなっていません。
しかし、本当に怖いのは、6夜目の朝なのです。
私はTシャツを脱いでタンクトップの状態で朝を迎えていました。夢なら何故、Tシャツを脱ぐ必要があったのでしょう?寝ぼけ眼で無意識に暑くて脱いだとは考えにくいのです。冷房はまだつけていてそれなりに涼しかったですし、目覚めて瞬時に頭のさえる人間なので、知らないうちにTシャツを脱いだとは考えにくいのです。こわごわ布団をみてみると、布団の上で血のついたティッシュが散乱していました。和室の隅にかためておいてねたはずなのです。夢だというなら誰が何の目的で私の布団の上にばらまくのでしょう?
そしてハンドタオルが破れていました。
脱いだTシャツをみて驚きました。
自分では全然気付かなかったのですが、着替えたのは止血したあとなのに、少しだけ、背中の部分に血がついていたのです。
もし、あのまま着ていたら・・・着たままふすまに貼り付いていたら・・・
あの「脱げ」という忠告をしてくれたのは誰でしょう?
二度と彼らはきません。
しかし彼らの目的が私を刺すこと・・・殺さずに刺すことだったのですから恐ろしい話です。